はじめに:「MIBごっこ」が現実になる日が来るかも?

映画『MIB(メン・イン・ブラック)』をご覧になったことがあるだろうか。
黒いスーツに身を包んだエージェントたちが、地球に潜むエイリアンを監視し、一般人の記憶を「ピカッ」と光らせて抹消する――あの有名なシーンは、まさに映画史に残るSF演出のひとつである。
ところが、その「ピカッと消す」技術が、現実世界で開発されてしまったというのだ。
いやいや、まさか……と思いきや、れっきとした京都大学・理化学研究所・大阪大学の共同研究によるガチの科学成果なのだから驚きである。
本記事では、映画さながらのこの最先端技術について、ちょっと面白く、でもしっかりと解説していこう。
実在した「記憶消去の光」:科学が映画を追い越した?
2021年、京都大学・理研・大阪大学の研究チームが、「光によって脳内の記憶を消去できる」技術の開発に成功したと発表した。
この技術、決してエンタメではない。脳科学・神経生理学・分子生物学がガチでタッグを組んで生まれたリアル科学技術なのだ。
ポイントは、「記憶を光で操作する」ということ。
映画『MIB』では、エージェントが特殊なフラッシュ装置を使って群衆の記憶を一斉にリセットしていたが、現実の技術も**“光”によって脳内の記憶メカニズムを直接操作する**という点で非常に似ている。
記憶ってどうやって保存されてるの? まずは脳の仕組みから
人間の記憶は、まず**「海馬(かいば)」**という脳の一部で一時的に保存される。
そこから、時間をかけて「皮質」という別の部位に引き継がれることで、長期記憶となる。
つまり、記憶には「短期保存モード」と「長期保存モード」の二段階があるというわけだ。
この保存過程で重要なのが、「LTP(長期増強)」という現象。
これは、神経細胞間の信号伝達が繰り返されることで、より効率的に情報を送れるようになる、いわば脳のチューニング機能である。
MIB式「ピカッ!」の正体は? SuperNovaという光の力

ではどうやって記憶を消すのか?
研究チームは、LTPのカギを握る「cofilin」というタンパク質に着目した。
この分子は、神経細胞の突起(スパイン)を変化させる重要な役割を持っている。
そこで使われたのが「SuperNova」と呼ばれる特殊な光増感タンパク質だ。
このSuperNovaに光を当てると、活性酸素を放出し、周囲のタンパク質――つまりcofilinを不活化する。
結果として、LTPが阻害され、記憶の形成が中断されるというわけだ。
これぞまさに、科学が生んだ「ピカッ技術」。
ただし、使うのはエイリアン対応ではなく、マウスの脳である。
実験では実際に記憶が消えた!
研究では、マウスに学習させた直後や睡眠中に海馬に光を照射したところ、驚くべきことに、学習した記憶が消えていたという。
つまり、「学習→睡眠」の間に行われる記憶の定着プロセスを、光によってブロックできたという証拠だ。
この発見は、記憶の固定化が睡眠中にも活発に行われていること、さらにLTPが時間的に段階を追って発生していることも示している。
実際、睡眠中に「前帯状皮質」で新たなLTPが誘導されていたというから、記憶の移行は翌日以降にも続くプロセスだというわけだ。

えっ、本当に人間にも使えるの?
気になるのは、「これって人間にも使えるの?」という点だろう。
結論から言えば、今のところ人間に応用できる段階にはない。
理由は以下の通り。
- 現在の技術はマウスの脳内に直接光を照射する必要がある
- 光の届く範囲や副作用、安全性などの問題が未解決
- 人間の脳は構造的に遥かに複雑で、倫理的な問題も絡む
だが将来的には、記憶障害の治療や、トラウマの軽減、あるいは認知症の進行を遅らせる治療法などに応用される可能性がある。
つまり、現時点では「MIBのピカッ装置」のように気軽には使えないものの、医療現場では革命的な技術になり得るというわけだ。
長期記憶は消せない? 都合よく忘れることは無理?
この技術の面白いところは、「短期記憶しか消せない」という点にある。
記憶は一度海馬に保存された後、時間をかけて皮質へと移される。
そして今回の技術は、あくまで海馬内のLTPをターゲットにしているため、すでに皮質に移行した記憶には作用できない。
つまり、「昨日の失敗をなかったことに」したいなら、その日のうちに海馬へピカッと光を当てる必要があるということ。
残念ながら、「過去の黒歴史」や「元カノとの記憶」は、しっかりと皮質に保管されているので、消せません。

MIBはただの映画じゃなかった!? 科学はすでにSFを追い越している
映画の中だけの話だと思っていた「記憶消去装置」が、現実の科学によって着実に再現されつつある。
もちろん、MIBのようにポケットから装置を取り出して一瞬で記憶をリセットするには、まだまだ超えなければならない壁がある。
だが、記憶という複雑な情報の取扱いに、光というシンプルかつ非侵襲的な手段でアプローチできるというのは、まさに夢のような話だ。
まとめ:未来の記憶は「消す」時代へ?
今回の研究成果は、SF好きならワクワクせずにはいられない内容でありながら、医療や精神疾患の治療という非常に現実的な可能性を秘めた発明でもある。
近い将来、「嫌な記憶は光でリセット」「勉強した内容だけ定着させる」「PTSDをピカッと軽減」…なんて世界が本当にやってくるかもしれない。
そのとき、我々が最初にやるべきことはただ一つ――
黒いサングラスを常備しておくことだ。

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