2025年3月29日に放送された「オールスター感謝祭’25春」にて、お笑い芸人の「江頭2:50(エガちゃん)」が生放送で見せた“暴走”が、ネット上で大きな波紋を呼びました。
共演していた女優・永野芽郁さんが涙を見せたことで、一部からは「放送事故」「やりすぎ」との声も。
しかし本当にこれは“炎上”すべき出来事だったのでしょうか?視聴者の反応や、芸人・粗品の発言も交えて検証します。
まずはこれをご覧ください《エガちゃんが永野芽郁を泣かせて炎上!》
エガちゃん炎上の詳細|永野芽郁に「俺の女になれ!」の真相
生放送中、エガちゃんはカエルの着ぐるみ姿で登場し、突然テンションMAXのまま共演者に絡みはじめました。
最初はアンミカさんに対して「◯揉ませろ!」と叫び、次にターゲットを永野芽郁さんに変更。
「永野!俺の女になれ!!」と絶叫しながら追いかけたエガちゃんに対し、永野さんは本気で驚き、壇上まで逃げるほどの反応を見せました。
今田耕司さんや道枝駿佑さんらが間に入り、取り押さえられるという形で“暴走”は終了。
CM明けには永野さんの席にはヒコロヒーさんが代理着席しており、永野さんは涙目で退席した様子が伺えました。
この一連のシーンがSNSで切り抜かれ、炎上という形に発展したのです。
「エガちゃん 炎上 永野芽郁」に対するネットの声とは?揺れる視聴者の評価
今回の「オールスター感謝祭2025春」で起きた“エガちゃん炎上騒動”は、SNSや掲示板などを中心にネット上で激しい議論を巻き起こしています。特に女優・永野芽郁さんが涙を見せたことから、「これは行き過ぎではないか?」という声が一部で広がる一方で、「そもそもエガちゃんとはこういう芸風」と擁護する意見も目立ちました。
否定的な声:「時代錯誤」「怖がらせる笑いはもう古い」
- 「いくらなんでも時代錯誤すぎる。昭和なら笑って済んだかもしれないけど、今の時代にこれは無理がある」
- 「永野芽郁が本気で泣いてしまったのを見て、笑えなかった。かわいそうだった」
- 「“俺の女になれ”なんてセリフは今ではセクハラと捉えられてもおかしくない。笑いのラインを越えている」
- 「エガちゃんの芸風を知っていても、生放送で無理やり感が強すぎて引いた」
こうした否定的な意見の多くは、現代のコンプライアンス意識やジェンダー配慮の観点から、江頭さんの芸に対して違和感を感じた視聴者からのものです。

擁護派の声:「これがエガちゃんの芸」「テレビに“ハプニング”を呼ぶ役割」
一方で、長年のファンや昭和・平成のテレビを知る世代からは、エガちゃん擁護の声も非常に多く投稿されています。
- 「エガちゃんをキャスティングした時点で、番組側も“覚悟”していたはず」
- 「あれは演出だし、永野芽郁さんにも事前の打ち合わせがあったんじゃないか?」
- 「昔はこういうハプニング芸があってこそのテレビだった。それを全否定するのは、番組の多様性を壊してる」
- 「エガちゃんは誰よりも真面目で、台本通りに全力で体を張る人間。あれはむしろプロとしての姿勢だと思う」
特にYouTubeチャンネル「エガちゃんねる」などで見せる素顔を知っている視聴者からは、「優しい人だからこそ笑わせたい気持ちが暴走しただけ」という見方も広がっています。
粗品の発言が“火に油”?「おもんなすぎました」の真意
今回の炎上劇にさらに油を注いだのが、霜降り明星の粗品さんによるYouTubeでのコメントです。
彼は、番組の終了直後に更新された自身の動画内でこう語りました:
「エガちゃんのテレビ最後に立ち会えてよかった。おもんなすぎました」
この言葉が拡散されると、「粗品がエガちゃんを切り捨てた!」「芸歴の浅い芸人がベテランを批評するな」といった批判が殺到。一部では「粗品こそ“おもんない”」と逆風を受ける展開に。
しかし粗品さんは、その真意を以下のように説明しています。
- あの発言は、**永野芽郁さん側へのフォローでもあり、賛否のバランスを取るための“計算されたヒール役”**だった
- 「自分が悪者になれば、世論の“否”がエガちゃんから自分に移り、エガちゃん擁護が増える。そうなると番組も丸く収まる」
- 「おもんなすぎました、というセリフも、実はエガちゃんへの最大のフォローだった」
つまり粗品さんは、あえて**“炎上役”を買って出た**と語っているのです。
今回の“炎上”から見えるもの:エガちゃんとテレビの今

今回の件をめぐる議論は、コンプライアンスとテレビ演出の狭間にある現代のテレビ事情を浮き彫りにしました。
- 江頭2:50は昔から変わらぬ芸風を貫いている
- 演出として台本があった可能性も高い
- テレビ番組は視聴者の選択によって成り立つ
- ネット時代の視聴者は、切り抜きだけで判断しがち
特に「エガちゃんねる」などで見せる人情深く優しい一面を知っているファンにとっては、今回の“炎上”が的外れに感じられた人も多いようです。
まとめ:エガちゃんと永野芽郁の“炎上劇”の本質
- 感謝祭での一幕は、テレビ的な演出の一環だった可能性が高い
- 永野芽郁さんの涙により「やりすぎ」と感じる層が増えた
- しかし視聴者や出演者の多くは、エガちゃんの“プロ意識”と演出意図を理解している
- 粗品の発言も含めて、炎上というより文化的な衝突と見るべきかもしれない
最後に
テレビにハプニングを生むことが仕事の江頭2:50。
今回の一件は、まさに**「現代における昭和芸の限界」**を問いかける一件でした。
あなたは今回の騒動、どう感じましたか?

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